女子大生Tさんのギャップイヤー挑戦は輝いている   ”世界一の幸せ”   

 女子大生Tさんは、今年4月から大学を休学し、アジアの最貧国と呼称されることの多いバングラディッシュに旅立った。もともと、社会的課題を克服するビジネスを興し、社会を変革するリーダーになることを夢見ていた。旅立つ前には、当然具体的な目標を持っていた。


 去年の夏にバングラディッシュに行ったきっかけから現地の教育現場の崩壊に問題意識を持った。その子供たちにとって最適な学校をどのように作ればいいのか、その答えを探す手段としての入国だった。教育という軸で,その後は世界の端から端まで見て行こうという計画で、心躍らせながら荷造りをしたという。


 しかし、現地に実際入り、自分が課した課題や目標を敢えてとっぱらって考える、世界と自分と対話する時間が必要なことにに気づいてしまった。それは、目の前の一歩という見えるべき道がまた霧に包まれて方向を見失った状態になることを意味し、毎日やるべき課題や具体的なゴールも見えない初めての経験を味わうことになる。


 Tさんが悩んだことは「本当に教育に興味があったのか、いつのタイミングになったら大学に戻っていいと思えるのか、何に一番興味があるのか」という根源的な問いだったという。異国の地で、自分を見つめなおし、1日何時間も考えてノートに書いたり、本を読んだり、新しい人と会ったりした。



 日本では、これまで学生団体の役職についたり、研究会に属していて、時間が埋め尽くされていた。忙しいことに喜びを感じ、暇自体が不安で、計画のない毎日は時々ストレスに感じたという。しかし自分がほんとうにやりたいことを見つけるためには、ここで時間をかけることが、もっとも正しいやり方であろうと信じたという。


 「遠回りをして、寄り道を重ね、好奇心のままになびき、周りからみたら無駄な時間を過ごしているように思われているかもしれない。しかしこの遠回りに無駄なことは何一つないはず。むしろこの休学は自分のほんとうにやりたいことに確信を持つための最初で最後の時間だと思う」と言う。


 Tさんに限らず、青春時代に、自分自身に課した足かせをとっぱらって考える期間は必要で、これこそ、実はギャップイヤーの真髄だと思う。


 Tさんの人間としての成長は、人生観・就職観について、次の表現に現れる。
「私は日に日に、社会が決めた、親が決めたレールの上から外れることに対する恐怖がやわらいできた。就職活動も今の自分となっては決して人生の”to do"ではない。むしろ10年、20年先がわかってしまう人生を選ぶよりかは明日、明後日すら予想できない不確実性の高い人生を選びたい」


 6月になり、Tさんはある貧しい村を訪問する。風呂は清潔はとてもいえないバケツ一杯の水があてがわれるかどうか、携帯の電波は届かず、夜は真っ暗な世界の中に、と星の光と蛍の明かりだけが村を照らす。


 じいちゃん達の路上での集会、家族のためにけなげに働くお母さん、池で洗濯するばあちゃん、猫の陽だまり、子供達の屈託のない笑顔に、この村は「世界で一番幸せな村」ではないかと思ってしまう。


そして、最後に、彼女はこう結ぶ。――”世界一の幸せが埋もれてる国なのかもしれません”

 
 私はTさんのこのすばらしい感性に脱帽し、女性ギャッパー(gapper)の人としてのこれからの成長を ”人一倍”楽しみにしている。
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by krisyoyogi | 2011-07-10 08:50

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