清水康之さん(ライフリンク代表・内閣府参与)が30日の「メメント・モリ」鼎談でギャップイヤー制度を提案   

 「暗闇の中でしか、見つけることのできない光がある」を合言葉に、本日30日に都内で「メメント・モリ」のイベントが開かれた。意味はラテン語で「死を憶(おも)え」、「喪失を忘れるな」。就職に失敗したり、病気になったり、大切な人を亡くしたりと生きていれば誰しもが、なんらかの「喪失感」を体験する。その「喪失体験」や不条理にどう向き合っていけばいいのか、腰を落ち着けて一緒に考えてみようというのが、会の趣旨だった。
 
 プレゼンターは、まず大野更紗(作家、大学院生) さん。1984年福島県生まれで、現在上智大学大学院休学中。学部在学中にビルマ難民に出会い、民主化や難民問題を研究、NGO活動に尽力。大学院に進学した2008年、自己免疫疾患系の難病を発症。2011年6月に刊行した初の著書、『困ってるひと』(ポプラ社)が話題になっている。難病で「医療難民の当事者」となっていながら、「今日も絶賛生存中」と、明るく前向きに、自分の身に起こったできごとを冷静に受け止め、語れる人だった。

 二人目は、星野智幸(小説家)さん。1965年ロサンゼルス生まれで、2歳から東京で暮らす。早稲田大学卒業後、2年半の新聞記者生活を経て、メキシコ留学した。新聞社を辞めたのは、2年半もいれば、会社の文化がわかり、どのように振舞えば、何も考えずに自動的に回るかわかってくる。それが染み付くのが嫌で、飛び出したという。ラテン文化という日本文化とある意味、真反対のカルチャーに接して、楽になったという。帰国し、1997年にデビューして以来、独自の視点と表現で作品を紡ぎ続ける。ツイッターやブログで、政治や震災、自殺等の社会問題についても積極的に発言している。代表作に『ロンリー・ハーツ・キラー(2004年)』、『無間道(2007年)』、『俺俺(2010年)』がある。

 
 おふたりとも、「ギャップイヤー経験者」とも言える。だからかもしれないが、3人の鼎談に移り、清水康之さんが、「日本の若者が、山村留学、福祉の勉強やサッカーでも日本を離れるギャップイヤーを利用できるようにするのはどうだろう。財源とかそういう話になるが、彼らがいいこと学んで帰国したら、活性化するわけだし・・・」と切り出した。日本社会にはびこる”同調圧力”を受けて、息苦しく思っている若者達に、日本を離れることで、自分とじっくり向き合う時間を作れ、しかも専門性や能力を高めることができるからである。


 この日の六本木の会場は、170名の参加で満員で補助椅子が出され、「ニコニコ生動画」には、なんと27,715人が視聴した。規模感でいえば、武道館でのコンサート3回分の人たちと時間を共有したこととなる。


 私が、目頭が熱くなったのは、鼎談の最後に、内閣府「いのち支える(自殺対策)プロジェクト」のキャンペーンソング「あかり」がPV動画とともに流れた時だった。歌っているのは、シンガー&ソングライターの「ワカバ」。聞くところによると、これはタイアップを前提に書かれた曲ではない。「ワカバ」は介護福祉の専門学校の同級生で、共に介護福祉士の資格を持つ亀田大、松井亮太、塚本伸男の3人組で、2000年に結成された。素敵な曲だった。


 彼らは当時小さなライブハウスを中心に活動していて、ある日いつも最前列に陣取って声援を送ってくれていた少女が、いないことに気づいた。それで、他の常連の少女達に聞いてみて、その少女が自殺したことを知った。せめてお線香だけでもと、遺族のご両親に連絡を取り、彼女の部屋を見せてもらうと、自分達のポスターや写真、グッズがたくさんあり、逆にショックを受け、無力感にさいなまれたという。「自分達の歌に力はなかった」と解散を相談したという。3人ともうちひしがれる中、先輩にうながされ、大切な人がこの世から消えないために、自分達に何ができるかじっくり話し合った。そして、亡くなった彼女や生きる力をなくしている人達に向けて、もう一度自分達の言葉で作った曲が、この「あかり」だ。清水さんはこの曲を見つけ、そこから、キャンペーンソングへとつながっていったのだ。


 また、曲に伴って動くイラストレーションというかアニメがあまりにすばらしく、会の終了後に、思わず清水さんに聞いてしまった。
「ある大手広告会社のプロフェッショナルで、プロボノです」
 やはり、心がこもった仕事とは、こういうものを指すんだと唸ってしまう。


 「小さな小さな あかりでも きっと誰かを照らせるんだ」
「ずるしてもいいよ 逃げたっていいよ 負けてもいいよ でも自分を逃げ出さないで」

 最後の歌詞はこう終わる。
「僕の前から消えないで 消えないで 消えないで」


 何らかの縁でこのブログを読む羽目になった皆さん、ここまで来たら、「百聞は一見にしかず」、残り3分間是非観て聞いてほしいPVだ。

 ※ワカバの「あかり」PV=ユーチューブ
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# by krisyoyogi | 2011-07-30 21:54

7月27日付朝日朝刊の読者の「声」欄にギャップイヤー待望論登場!   

 読者の「声」欄の「大学生にもっと自由与えては」という見出しに目が留まった。50歳代の非常勤講師の方の提案だ。大学4年生の娘さんが、ご多聞にもれず授業より就活を優先させる日々で、1年経ってしまったという。娘さんの海外の友人は少し事情が違い、米国では大学入学前に関心ある業界で実習や助手をし、それを大学側が入学後単位認定する。高校時代もボランティアや部活で生活は充実している。英国の友人は1年目は大学へ行かず、アルバイトでお金をため、海外旅行する。


 言葉にはないが、お気づきのように、明らかに「ギャップイヤー」のことを指している。そして、こう続く。
 日本では、多額のお金と時間をかけて大学に入り、2年半で今度は就職の危機感あおられ、就活に入る(いつも書いて恐縮だが、マッチポンプの就職産業や、それをあおるだけのマスメディアなら「百害あって一利なし」!)。社会全体が若者に均一の価値観を植え付け、均一コースを歩ませて、それなら日本の競争力低下は続くだけといった内容だ。


 最後に提案はこう結ぶ。「若者が好きな勉強やいろいろなことに挑戦できる社会にならないものでしょうか」


 私は、この投稿者に全く同感なので、コンタクトを取って、JGAPの公式ウェブサイトを観て欲しいと強く感じた。 もう一つは、まだまだ「ギャップイヤー」という言葉は知られていないとも感じ、JGAPとしても一層啓発に努める必要性を感じた。


 一方、毎日小学生新聞の7月4日付で、「ニュースのことば」で、実はギャップイヤーが紹介されている。私立有名中学受験を目指す児童達が知るべき言葉として選ばれたということになる。以下引用だが、ひらがな併記の文字が多いため、さすがにおとなには読みにくいと考え、漢字だけにしている。


 高校卒業後から大学入学までの空いた期間ことです。「隙間」を英語で「ギャップ」ということから、こう呼びます。イギリスでは、高校の卒業から翌年の大学入学までが16か月間あり、海外留学やボランティア活動など、大学だの教育では得えられない社会経験を積つむ期間として定着しています。
 日本では国際教養大学(秋田市)など一部の大学が導入していますが、あまり知しられていません。東大では、学生の質の向上につながると期待しています。


 これを読んだ児童達が大学に入学する頃には、JGAPのビジョンである「大学生の誰もが、希望すればギャップイヤーを利用できる国」になっていれば、男子の本懐である。
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# by krisyoyogi | 2011-07-27 23:01

朝日新聞「ニッポン前へ委員会」提言の「若者復興支援隊」と「東北自由大学」はギャップイヤーそのもの   

 本日7月22日付朝日新聞朝刊で、朝日の「ニッポン前へ委員会」の提言が報告されている。この委員会は、東日本大震災からの復興に向けて、若者の参加を促す提言をするために4月に発足していて、職業・構成員を見ると、大学教員(平田オリザ氏他)6名、市長1名、建築家、銀行員1名の9名となっている。


 提言内容をまとめると、①国が給与を払う「若者復興支援隊」と、②復興に携わりながら大学の単位をとれるアドホックな「東北自由大学」になる。


 ①は、卒業後も就職が決まらない人をはじめ、15歳から35歳くらいの男女が対象。国が窓口になって、一定の研修後、被災地の自治体や組織団体に派遣する。1~3年ほど働き、活動を通じて技能を磨き、資格も取れるようにする。その間は月15万円程度の給与を払うというもの(1万人参加で年間予算180億円、第三次補正予算)。終了証も交付し、その後の就職活動に生かしてもらう。給与は被災地で消費されるため、経済効果も期待できる。私には、これはJICAの国内版と映る。もちろん、各地域や農漁村の要望と、派遣する人材のマッチングは重要だ。


 ②は、国内外の学生が被災地に「留学」して単位を得られる仕組み。ボランティア活動や震災の研究活動に取り組めるようにする。卒業証書の発行はなく、既存の大学で行い、希望する一定期間をこの大学で過ごす。教員も各大学からの出向で、自由に授業を設計し、運営するとある。しかし、私はこれは実現は乏しいと考えている。属している残された大学のその教員の授業が成立しなくなるからである。むしろ、ポスドクを有期で雇用し、力をつけてもらい、こちらも「修了書」を出して、次なるキャリアアップを目指してもらうほうが現実的だ。



 この支援隊や自由大学の若者は仮設住宅や空き室などで暮らし、コミュニティと交流し、高齢化する地域を元気付けるというもう一つの狙いもある。


 ここまで考察してきて、お気づきの方もいらっしゃると思うが、この①も②もJGAPがこれまで提唱してきた日本版ギャップイヤー(Jギャップ)そのものの概念だ。


 前回のブログで、国内に4年制大学が800校近くもあるのに、「ボランティア単位認定」を実行している大学が少なすぎると嘆いところだが、気を取り直す。


 「産(採用企業、経済団体)」はこのようなプログラムに参加した若者を人材として評価し、「官(政)」は、第三次補正は10兆円規模であり、予算付けや仕組みを支援する、学は理事会と教授会が反目しないで、高等教育の真の人材育成の立場で送り出し、実行していく。
 そして、「民」は、若者を取り巻く市民や生活者としてこのような若者のチャレンジをサポート応援していく。ギャップイヤー自体は、個人単位なら誰でも勝手にやれる。しかし、希望者の誰もが利用できる公平性が担保できるギャップイヤー制度や文化醸成の実現には、このオールジャパン体制しかないと考えている。

 
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# by krisyoyogi | 2011-07-22 10:51

被災地でのボランティアを単位認定する大学は少なすぎるのでは?!   

 7月17日付朝日新聞朝刊では、3面の総合面と33面の首都圏地域面の両方で、被災地復興に取り組む大学が紹介されている。前者では、筑波大が、大震災に関連するボランティアに参加した学生に単位を与える授業を新設したとある。学生は被災地での活動の注意点について事前に説明を受け、原則5日以上(45時間以上)活動に参加すると、1単位が与えられる。


 明治大は、津波震災地や液状化被害が深刻な浦安市での活動とレポート提出等をミックスした授業を始めた。早稲田大では、4月から10回にわたって被災地バスツアーを実施し、延べ600人の学生・教職員を送り込んだという。また、復興に関する学内の中期的・短期的研究に特別助成金を出すことを決定した。


 東洋大学では、教員に対し、地震や放射能等の研究成果を積極的に発信するよう指示、5日間実施したシンポジウムには、1800人が訪れた。


 東北芸術工科大では、学問の特徴を生かし、津波で泥や水につかった書物や彫刻の修復に取り組んでいる。書物だけで宮城・岩手から4千冊が運び出され、これまで900冊余りの処置を終えた。


 後者では、文教大学国際学部が、これまで海外での紛争後の復興支援で学生にボランティア論の単位を認定していたのを、大震災に適用し始めたとある。多くの児童が犠牲になった大川小学校周辺に宿舎を構え、昼は住宅の泥出し、夜は中学生たちの勉強を見る。活動が縁で親達から風呂に招かれ、津波の恐怖や子供を
失った悲しみなどを聞かせてもらった学生もいる。


 それにしても、日本には4年制の大学が800校近くある。「被災地に旅立った学生を管理できない(行ったかどうかもわからない)」「残った学生との比較がフェアにできない」「安全が担保できない」 私が、大学関係者や教員から聞いた「ないない」ずくしのボランティア認定授業が増えない理由だ。授業の公平性や学生の参加の有無など、被災地で活躍するNPOや大学の長に相談し、報告や承認をお願いすれば、簡単に解消できる問題ではないか。


 例えば、NPO法人キッズドアは3泊4日の被災地プログラムを作り、バスをチャーターしている。準備されたメンタルケアセミナーを事前に受け、被災地での接し方を学ぶことも義務付けているので、「出席」確認は難しくないだろう。こんな具合に、今ある難点というのは、大学関係者が本気に解決しようとすれば、それほど困難とも思えない。学内にあるボランティアセンターと単位認定を前提に知恵を出せば、多くは解決するだろう。


 また、大学では、 「いわてGINGA−NETプロジェクト」との連携が考えられる。被災地の支援ニーズと学生のボランティアニーズを効果的に結びつけるようという趣旨で発足した合同プロジェクトだ。
 企画・運営にあたっては、岩手県立大学学生ボランティアセンターが、県内のボランティア活動プログラム開発し、マッチングや宿泊サポートを行っている。ユースビジョン及びさくらネットは、全国の大学ボランティアセンターや学生ボランティア推進団体と連携して、学生ボランティアの募集、送り出しを行っている。

 

 こういう活動や連携が進めば、日本の大学が親元離れたボランティアやインターンをするギャップイヤー制度を構築するための基盤づくりになるので、注視している。


 東日本大震災という大変な事象に見舞われ、日本の従来の仕組みや価値観が根底から崩れる、あるいは構造変化する機に、多くの大学が依然何もなかったように「象牙の塔」に閉じこもり、何もなかったように授業や講座の解釈を変えない、あるいは「現場」に向かって一歩を踏み出さないという現状は、私にはどうしても理解できない。
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# by krisyoyogi | 2011-07-19 23:26

ギャッパー出身の学習塾長:(履歴書的には)傷だらけのスター教育軍団に栄光あれ!   

 東京・巣鴨に受験塾「キズキ共育塾」が登場した。


 塾長の安田祐輔さんは、1983年生まれ。ICU在学中に、イスラエル・パレスチナで平和構築NGOを組織した後、大学を休学し、ルーマニアの研究機関でインターンも経験している。そこでは、主に紛争解決に向けたワークショップのコーディネートを担った。また帰国後は、今度は、バングラディシュを行き来し、娼婦街にて、現地の学生、NGOと協力して、映画作りにも関わった。09年に日本に戻り、大手商社に入社したが、昨年6月にこの塾を立ち上げたのだ。


 彼は、まぎれもないギャッパー(ギャップイヤー経験者)だ。ただ、普通のギャッパーと違うのは、「元・不良」ということだろう。高校時代は「不登校、ピアス、茶髪、ちょっと目つきが怖い暴力系」の写真を見せてもらったことがある。今の端正な身のこなしからは想像できないが、家族からは鼻つまみ者だったに違いない。


 そんな彼だから、猛勉強の末、2浪でICUに入学できた。すごい集中力だ。そして、大学合格で自信がつき、前述した”シャバ”に戻れたと言う。彼の問題意識は、かつての自分と同じような環境にいる生徒たちはいっこうに減らず、もがいている。それなら自らの経験を生かして編み出した学習法・指導法で、精神的に傷ついた子供達の成績を上げたくなったと言う。

 私は、たまたま社会起業支援NPOのETIC.で彼のメンターになり、ディスカションしながら、相談に乗っていた。年始に安田さんに提案したのは、同じ境遇にあった履歴書的に”傷だらけ”の教師を集められれば、競争力を持った組織になるということだった。暴力的だった反社会組も、引きこもりだった非社会組の生徒達にも”寄り添う”ことができる強みが確保できる。生徒達は心を開き、先生を兄貴姉貴といった安心のロールモデルになることだろう。


 その提案は実現した。講師は全員、元不登校・高校中退やフリーターなどの経験を持つドロップアウト組の講師(大学生)というユニークな組織体を作り、ニート・不登校・中退経験者の社会復帰のための受験塾となった。


 安田さんのほかには、不登校・うつ病・商業高校を経て22歳で早稲田大学へ進学したという経歴を持つ学生や、高校卒業後派遣労働者となった後にICUへ進学した若者、また不登校・中退を経験した後に早稲田大学へ進学といった”一筋縄ではいかない”様々な社会経験を経た猛者(もさ)たちが講師スタッフとして参加している。

 
 この国では、残念ながら多様性はない。「中学・高校・大学・就職」という既存のストレートなレールから一度でも外れてしまうと、もう一度やり直すことは容易ではない。だから、らち外にいったんドロップアウトしてしまった生徒達に、大学受験をきっかけとして、人生の再チャレンジをしてほしいと安田さんは考えている。


 教育ではなく、”共に育つ”という共育が、メインメッセージだ。傷をかつて持っていた講師陣なら、傷ついた生徒達の傷もきっと癒せるはずだ。

 
 「キズキ共育塾」の未来に栄光あれ!


【情報】キズキ共育塾:東京都豊島区巣鴨4-28-4オーガスト80-301号室・電話090―2629―4955。
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# by krisyoyogi | 2011-07-16 01:17