<   2011年 06月 ( 12 )   > この月の画像一覧   

M君とW君、二人のギャッパー(gapper、ギャップイヤー経験者)から想うこと   

M君は、現在大学を休学してバングラディッシュにいる。地域に寄与する教育事業を展開中だ。いわゆるギャップイヤー最前線の彼が、ゴールデンウィークに一時帰国していた。何かできることはないかと、腕に覚えのあるテニスで、石巻市牡鹿中学校の女子フトテニス部でコーチを務め指導した。その女子フトテニス部の生徒から、先日メールを受け取り、震えながら涙がとまらなかったという。 震災で半数以上の部員を失いながら、数年ぶりに市総体を突破して県大会に進んたのだ。逆境の中、戦い抜いた彼女達を思っての感涙だった。


 W君は、全国から今注目を集める国際教養大学(秋田県)に入学し、大学の制度である半年間の「ギャップイヤー」にチャレンジした。まず、「住民参加型地雷除去作業」を行っている認定特定非営利活動法人 日本地雷処理を支援する会(JMAS)の協力を得て、カンボジアで1ヶ月間の研修を受けた。研修内容は、地雷原での地雷や不発弾の除去作業の見学、井戸掘り作業の補助、村として行っていたゴミ削減活動への参加、単身ホームステイによる住民との交流など多岐にわたり、内容の濃い活動が出来た。研修前は発展途上国であるカンボジアの人々に対し、「貧しい生活を送っていそうでかわいそう」というイメージをもっていたが、研修後、その見方が変わったという。

確かにカンボジアは、物資の量や経済力、衛生面など多くの点で、日本に比べ見劣りする。しかし、18歳の彼の目にはカンボジアの人々が毎日をいきいきと過ごしているように映り、「かわいそう」という感覚は違う、また表現としてふさわしくないとも思った。実際に異国の地で研修を受け、日本という国から出たことのなかった「自分の常識」という尺度とは全く違う、もう一つの尺度に出会うことができた。今まで漠然とした概念でしか捉えることができなかった「世界が広がる」感覚を実感できたという。


その後、W君は帰国し、生まれ育った地域の文化にもっと触れたい、理解したいという気持ちになった。いつか自分が受け継いだ文化を知らない他の国や地域の人にも紹介できるようになりたいと考えるようになった。それから地域で古くから歴史のある「四国88カ所巡り(お遍路さん)」をすることにした。途中で身内に不幸があり、結果的には88カ所の制覇は叶わなかったが、遍路の旅の途中や行く先々でいろいろな人と出会い、自分自身を見つめ直す良い機会になったと反すうする。


 W君と同時期に半円間のギャップイヤーを経験し、一緒に入学した友人は次のような活動をしていた。

A君
 タイで自給自足のため畑造りをしている団体のもとで、1ヶ月間のボランティアを経験。異国の地での慣れない生活や、世界各国から集まった他のボランティアのメンバーとの交流を通して、異文化とふれあうことの大切さや、それに伴う難しさを経験できた。

Bさん
 外国人労働者を雇用している国内の農家での体験プログラムを経験。外国人被雇用者と共に作業をするという体験を通して、新聞記事を通して中学時代から興味を持っていた外国人労働者の雇用問題についてより深い理解ができた。

 今W君は、野球部に所属して地区大会でのチーム初優勝を経験したり、大学祭の部門長として約50人の実行委員をまとめる経験したり、文字通り青春を謳歌している。

また、彼は、友人数人と低い人口増加率や高い自殺率等の秋田県のもつ課題に対して、多角的アプローチに繋がる情報共有を提供する活動がしたいと考えるようになった。任意団体ながら組織を設立し、日々格闘している。学生だけの内輪の団体になることなく、多くの人を巻き込みながら、大学生時代を過ごす「第二のふるさと」である秋田県の活性化に貢献したいと考えている。



W君はギャップイヤーを通して、またその後の大学での様々な経験を通して、世界にはまだまだ知らないことが数多くあることに気づいた。職業観としては、世界中の人と関わりながら、まだ日本にはないものやサービスを日本に紹介したり、日本の高い技術力やアイディアを世界に提供したりすることによって、日本を、そして世界の人々の生活をより便利で、より豊かにできるような仕事に携わりたいと考えているという。


 私は、このふたりの青年の魅力はと考える。グローバル・マインドでありながら、ローカルの社会的課題にも視座を持てる若者の誕生だ。つまらない”同調圧力”に屈し、2年もの大事な大学生活を消耗し、形式と無謬(むびゅう)性の追求に終始するくだらない「就活期間」との落差を感じ、大学生の本来の「高等教育のあり方」に思いをはせる。
 
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by krisyoyogi | 2011-06-30 20:03

大学寮の新設・再生は、親元離れた”非日常性”づくりの観点からも評価できる 24日付朝日・朝刊から思う   

 多摩地区で、寮(=寄宿舎)を新設する動きが相次いでいるという。古めかしいイメージや苦学生をイメージさせる寮であるが、ギャップイヤー期間の条件である「親元離れる」という非日常の舞台づくりの視点からも、学年の横・縦の「学びの場所」としても、再評価したい。


 朝日によれば、中央大学は、日野市の多摩平団地を業者がリノベーションし、その1棟を丸ごと国際寮として借り上げたという。留学生に住居を提供する目的と、国際交流の場として活用できないかという視点から、今風にいうところのシェアハウス方式が特徴だ。すなわち、交換留学生、私費留学生、日本人学生が一組になり、ミニキッチンやトイレを共有する。それぞれの個室が共有部分につながり、コミュニケーションを図りやすいようになっている。つまり、日本人学生にとっては、日本にいながら「海外留学」を謳歌できるわけで、寮生活の1年を義務化している国際教養大学(秋田)を思い出した。日本の学生の賃料は5万円とリーズナブルで、現在40人が暮らしているというが、64人まで可能なので、埋まっていないのは、もったいない。


 国際基督教大学は、定員674人と規模が大きく、全学生の五分の一が入寮できる。少子化の中、他者と一緒に住むことで、他人への配慮や、問題解決の経験を共有できるなど、メリットは大きいはずだ。

電気通信大学は、学部、大学院を通じ8%しかいない”理系女子”のため、女子専用寮を昨年4月に整備している。定員は20人、寄宿料は月4300円と破格だ。


 『広辞苑』で「塾」は①門側の堂舎。②子弟を教授する私学舎。修学の子弟の寄宿所。③慶應義塾の略とある。注目は、③の慶応義塾の意味。慶応大学のHPをたぐると、本来は小規模な私学校を意味し、また寄宿舎のことをいった「塾」ということばが、いつしか慶應義塾のことをさすようになったとある。「お大師さま」といえば弘法のことをさすようなもので、義塾によっておよそ「塾」なるものの全般が代表されたかたちをとっていたと主張している。そして、次につなげている。


 慶應義塾といえども、はじめはやはり字義どおりの小規模な家塾にすぎなかった。場所も門側の堂舎でこそなけれ、江戸の築地鉄砲洲にあった中津藩奥平家の中屋敷内の長屋の一軒に発足し、しかも、次第に大きくなってのちもなお、当初のいかにも家庭的な情愛に満ちた塾風をながくもちつづけてきているのである。それに、寄宿舎という意味でも少なくとも明治初期ぐらいまでは、義塾でも学生は多くが寄宿生で、その寄宿舎への入退を「入塾」あるいは「退塾」といって、「塾」ということばがいわゆる塾舎の義に使われていたようである。(豆百科 No.14  「塾」)


海外に目を転じると、英国のcollegeはOxfordやCambridge などの大学を構成する学寮を指す。 学寮は学部のような専門別の単位ではなく,それぞれ独立した伝統的な特色を持ち、そこでいろいろな専門分野の教師と学生が寄宿するところで、お互いの”知”を高める。日本にはない教育文化だが、こんなところが、意外と大きな高等教育の差かもしれない。


 ”大学寮=寄宿舎=塾”の効用は、見直されてしかるべきだと思う。
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by krisyoyogi | 2011-06-25 09:06

脳科学者・茂木健一郎氏の「ギャップイヤーのすすめ」は秀逸!   

 茂木健一郎さんは「ギャップイヤー」大賛成の人で有名だが、それを4分ほどで、動画で訴えている。ギャップイヤー文化の紹介の先に、日本に存在する世界に通じない”くだらない人材評価の価値観”を若者のチャレンジのためにぶっつぶしたいことや、多様性を受け入れる必要性を説く。


「そうだ、そうだ」と力が入るほど爽快感が広がり、やっぱり日本の未来のため変えなきゃとの想いが強くなる。くそ暑いのに、忠誠心の意思表示を要請されているせいか、男女とも不気味な黒一色のスーツを身にまとい(数年前は紺やグレーもあったはずだが)、「就活」で身も心も疲弊している若者を思い浮かべながら、茂木節をご堪能いただきたい!!


 あんなユニホームのように”金太郎飴”状態で統一されている格好から、いきなり入社しても、創造力やバイタリティやチャレンジ精神と正反対のことしていて、活躍などできないなんて、企業も社会もわかっているはずじゃないかと問いたい。


  ※映像は、下記まで。
  http://www.ustream.tv/recorded/7382132
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by krisyoyogi | 2011-06-24 00:21

東工大・京大・早大の3大学院で、「日本版ギャップイヤー(Jギャップ)」の要素が入っていく   

 協会の「日本版ギャップイヤー(Jギャップ)」の定義は、大学就学前後・在学中・大学卒業後3年の間に、「親元離れ、国内外留学・インターン(就社に直結しない)・ボランティア」の3大要件を4カ月以上1年程度組み入れること。


本国の英国でも同様に、ギャップイヤー利用者が増大する中、最近はスキューバダイビングや単なる自分探しの旅といった”ゆるい”牧歌的ギャップイヤーは、この時代に合わなく(The golden age of Gap Year is over.)、本業復帰後にスキルや技能やコミュニケーション能力向上等一般社会に認められる”履歴書”になるような成果物があるかが問われるというメディアの論調が増えてきた。


 私自身は、遊学イメージの古典的な”ゆるい”ギャップイヤーを否定するものではなく、認証していきたいが、日本の教育現場にコンセプトを導入しようとしている立場からすると、「フェイズ1」として、協会の定義する”堅めの”定義をまず、浸透させたいと考えている。


 さて、日経産業新聞6月20日付1面で、5月11日付のJGAPのニュース欄(http://japangap.jp)でも取り上げた東工大大学院の新設「グローバルリーダー教育院」(定員10人)が紹介されている。


 科学技術と人文社会(経営・文化)を教育の柱に、「広い視野を持った実社会でリーダーシップを発揮できる資質を養いたい」と産業界が要望する「課題解決力」「チームワーク」を持った博士号取得者を養成したい考えだ。対象学生は既存研究科に所属しながら、学位取得を目指す。その上で同教育院のゼミに入り、政策提言やシンポジウムの企画、 インターンシップ(就業体験)に取り組む。今年夏の選抜試験を経て、10月から本格的に授業を始めるが、 "教養から交渉術”まで英国系大学院が下敷きだ。


 京大でも、親元離れ、5年一貫の全寮制大学院(定員20人)を12年度に設置する検討を始めたが、モデルは英国ケンブリッジ大学。教職員も寮で寝食共に、議論するという。国際社会を視野に、授業は全科目英語で行う。


 早大は、同12年度に文理融合型の5年一貫教育の大学院(定員15人)を設置予定で、全員3カ月から1年、海外企業でのインターンを義務付けるという。


 ここでお分かりのように、3大学の大学院は、「親元離れる」「海外」「インターン」等ギャップイヤーの要件に係っている。ギャップイヤーのコンセプトである「就業体験・社会体験」は、大学と社会にミスマッチが存在する以上、大学院レベルでも避けて通れない。


 こういう教育や研究に打ち込んだ博士号取得者を、大学院が毎年50人も輩出できれば日本の高等教育も少しは変わるかもしれない。


 次は”本丸”である各大学が、社会の要請との乖離に、どんな改革で変わろうとしていくのか注視したい。
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by krisyoyogi | 2011-06-21 16:56

「永すぎた就活」をみんなでやめさせましょう!20付日経朝刊から思うこと   

 本日付日経によると「今年の大学生の就活は例年にも増して長引きかねない」という。東日本大震災による採用選考の遅れもあるが、やはりそもそもと言わざるを得ない。

 本ブログでも何度も取り上げてきたが、企業が「新卒一括採用」といった一見”公平感”ある聞きざわりのよい言葉で、学生が修学のピークとなるべき3年生(修士課程にいたっては、実質4月に入学し、秋から活動と入学半年後)時に業界ぐるみで邪魔するのは、結局、企業が教育的に未完成な人材を採用する可能性が高くなることに気づいてほしい。


 しかも、それが早期化だけでなく、長期化になれば、学生にとって不採用になる会社数が増え、自信を失い、落ち込み、萎縮し、本業の修業だけでなく、日常生活にも悪影響を与えてしまう。いいかげん、ばかげた「人材価値のレッテル付け運動」はやめてほしい。


 日経は「4年の春に内々定をまとめて出す”新卒一括採用”に偏らず、企業が秋冬に選考試験をやれば学生の負担が和らぐ。海外留学にも行きやすくなる。企業は通年型採用を取り入れて欲しい」という。これも一つのソリューションかもしれないが、限定的な効果しか得られないだろう。

 主要な経済団体や影響力ある固有の企業は「企業の社会的貢献=CSR」の視点から、この日本の”就活狂想曲”を世界の文脈でどう解決すべきか、当事者として、どう捉えているか教えてほしい。

「氷河期フリーターが40代に 混迷極める若年層の雇用問題」今週の週刊ダイヤモンドの見出しだ。「若者の人材育成に失敗してきた20年」という認識を産官学そして生活者で共有すべき時点ではないだろうか。

 JGAPは、ギ”ャップイヤー文化”を日本で根付かせることで、これまでの単線型・ステレオタイプ型の無謬(むびゅう)・無菌を良しとする”適応能力のない”人材評価を崩し、多様性に満ち、適応能力が高い国際標準の人材育成につながる起爆剤と考え、その啓発に取り組んでいきたい。



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by krisyoyogi | 2011-06-20 10:19

遅まきながら、JGAPの公式アカウント(twitter)がスタートしました!   

 twitterのもともとの意味は、「(興奮してかん高い声で)しゃべりまくる)」であり、ギャップイヤーのように、人間の普通の成長のためには、”寄り道”して考えることが必要とのコンセプトとは、相容れないものがあるのではと、広報とも何度か議論を持っていた。先週、第1回「ギャップイヤー・シンポジウム」も終えた。今後は、より多くの「ギャップイヤー評」やギャップイヤー文化浸透のためのヒアリング機能としてツイッターを生かしていき、見知らぬ”同士”の皆さんとも”同期的”に情報共有できればと、”しゃべりまくらない”公式アカウントを目指すことにした。



 早速、I・Jさんの 「ギャップイヤー、最近ホントに耳にしますね。これが日本に習慣付くためにがんばろー」というつぶやきを発見し、素晴らしいメッセージを教えてもらうことができた。
それは、森 薫さん(学校心理士 日本ペンクラブ会員 日本文藝家協会会員)の6月17日付ブログ「ギャップイヤー」で、要旨は次のようなものである。



 今年も、大学三年生の就活スタートのゴングが鳴り、学生たちは一斉に就活に向けて走り出した。青春のエネルギーをすり減らし、自信喪失してしまう若者が大量に生み出される。高校では、高校二年間で、高校必修の学習を終らせ、三年になると、受験対策一辺倒。自分とゆっくり向き合ったり、自分にどんな鉱脈が眠っているかと考える余裕さえ与えられない。大学では、一般教養の履修を終え、これからゼミで専門分野の学習を始めようとする矢先に、就活に狩りたてられてしまう。


 ひたすらベルトコンベアに乗り、振り落とされないようにしがみついているだけ。若者が明確な意思をもって大学進学や就職をするためには、自分探しをするための回り道・寄り道が保証され、バーチャルではない"ヒト体験""モノ体験"が不可欠である。


 欧米では、"道草を喰う"期間をギャップイヤーと呼ばれ、自らの意思で納得のいく進路を獲得するために一日も早いギャップイヤーのシステムを確立したい。ギャップイヤーでの体験としては、海外留学、国内農業ホームステイ、介護体験、ヒッチハイク、自転車旅行、ボランティア活動、伝統文化・工芸入門、四国お遍路八十八か所めぐりなど、幅広いメニューが考えられる。東電の原発事故は、これまでの教育制度が生みだした勉強のできる人たちの限界を示している。危機対応能力にすぐれた自らの意思をもつ若者を育てるためにも、新しい教育システムが必要である。


 私は、森 薫さんにはお会いしたことはないし、当然面識もない。しかし、活動の根っこの部分、すなわち”土壌”は共有している。


 今の日本の高等教育のおかしさは、やはり海外、先進諸外国との比較でどうなのかの視座が、かなり必要と感じた。


 最後になったが、I・Jさん、貴重な”さえずり”に心から感謝したい。


(参考サイト)http://www.ohzora.ac.jp/mori/index.html

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by krisyoyogi | 2011-06-19 13:35

茂木健一郎さんが「日本の大学にギャップイヤーを!」と叫んだ   

 先週10日、豪大使館(港区三田)で、学生や企業の研修先としてのオーストラリアの魅力を伝える記者会見が開かれた。豪大使館と政府観光局は、日本国内の企業20社以上にヒアリングし、それを豪の大学に持ち帰ると、ことごとく産学連携対応できそうだということで、「グローバルな人材を育成するために、豪州は留学・研修にふさわしい」という内容のプレゼンであった。また、安心・安全、時差がない、研究レベルも世界水準というのがセリング・ポイント。


 その後、「日本の若者に求められるグローバル人材」をテーマにパネルディスカッションが開かれた。脳科学者の茂木健一郎さんは大学教授等他のパネリストの話を聴いていて、最後に回ってきたマイクに向かい、いきなり大声を張り上げた。


 「グローバル化が必要なのは、若者よりまずドメスティックで影響力だけある会社のじいさん達(実際はもう少し上品でない表現)が先です。その人達が、”参勤交代”で外国に住めば、相当意識も変わります」と会場を沸かせ、「英国のギャップイヤーを若者に経験して欲しい。1年ほど放浪したっていいじゃないですか。日本の企業のように、学生の履歴書に1日の空白があってもだめというのは世界基準でない」と畳み掛け、喝采を浴びた。


 みんな、なんとなくこの国のガラパコス状態の就職慣行や「就活」はおかしいと思っている。グローバル化の大きな阻害要因だともうすうす気付いている。学生を長期間追い込み、疲弊させ萎縮させるだけの年中行事だと内心思っていることを一撃したから、痛快だったのだと思う。


 どこの先進国が、こんな形式だけの「新卒一括採用」をやっているのか。こんな具合だから、就職難になると、この4年で学生の海外留学人口が8万人レベルから2万人も減少する信じられないことが起こってしまう。「このままでは、日本の若者の国際競争力は落ちる一方」と危機感を抱いている人は私だけでない。


 茂木さんは、昨年4月にもブログで「日本にギャップイヤーを」と叫んだが、また吠えてしまった。私はJGAPを設立したことを告げ、「どうやって、ギャップイヤーを日本で定着させられるか」と質問した。茂木さんは拍手して、「まず、一般社団を作られたのは素晴らしい。awarenessを高めることを心がけてほしい。また、優秀なベンチャーは新卒にこだわることはないので、古めかしい企業は市場から消えていただくこともあるかもしれない」と返された。他のパネリストからは、「皮膚感覚だが、日本の大学の頂点にある東京大学が率先してギャップイヤーを学生に義務付けたら、変わるのでは」という発言も飛び出した。たしかにトップ校が変われば、他校も変化するという百貨店の集客の奥儀である「シャワー効果」のような発想はありかもしれない。


 awareness は「認知」、皆さん個々のつぶやきやブログ、そしてFBでの「いいね!」のサポートからマスメディアがカバーといった”拡散サイクル”が大きな力になることを信じたい。
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by krisyoyogi | 2011-06-16 23:33

経産省がJICAの「海外ボランティア制(1年)」を活用し、企業の若手社員をアジアに派遣で考えること    

 経済産業省はJICAの「海外ボランティア制(1年)」を活用し、日本企業の20-30歳代の若手人材のグローバル化を支援すると日経電子版が本日午後伝えている。初年度にあたる11年度は数十人程度、来年度からは数百名規模を目指すという。派遣先はアジア新興国の企業や政府。国際経験を積ませることと新興国市場を開拓する意味合いがある。派遣を希望する人にとっては、遅めの”ギャップイヤー”と捉えることもでき、文化を含め様ざまなことを吸収し、有為な人材として育ってもらいたい。


 また、東大・一橋大と共同で、アジア市場戦略の研究拠点を設立する。これにより、海外戦略立案能力の高い人材育成を目指す。つまり産官学の連携で、遅れていた新興アジアのBOP(Base of Pyramid)マーケットの知見を集積し、実務に生かそうという考えのようである。


 概ね異論はないが、こんな動きはお隣の韓国サムソン電子などが中心となって1990年代から取り組んでいることであり、新興国に強い人材を生み出したとこれまでさまざまなメディアが警鐘を鳴らしていたテーマでもある。

 ここでも、経済同様「人材育成の失われた20年」「ようやくですか?」「単に2周遅れ」というさめた見方もあることは忘れてはならない。
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by krisyoyogi | 2011-06-15 22:29

経団連が ”内向き”大学生に「グローバル人材」海外留学奨学金創設 ブレーキ踏みながらのアクセル?!    

 日本経団連は13日、2012年度から「グローバル人材スカラーシップ」を創設すると発表した。
 
昨日13日は、「第1回 ギャップイヤー制度キックオフ シンポジウム」が広尾のJICAちきゅう広場であり、満席の300名でにぎわった。私はメディアからの取材を受けたり、シンポジウムの運営側の準備があり、このニュースは知らなく、夜8時から行われた懇親会の場で、豪政府観光局のIさんから聞いて、はじめて知った。


 内容は、将来、日本企業で国際ビジネスに携わる意欲を持つ大学生に奨学金を支給し、帰国後の就職支援も行うというもので、経団連傘下の国際文化教育交流財団を母体に会員企業が資金協力し、交換留学制度のある政府指定の13大学(東大、名古屋大など)から候補者を選んで選考するというもの。初年度の奨学生は30人で、1人100万円を支給する計画。将来は各企業の連携でより多くの学生を海外に派遣するという。

 若年層に留学忌避や、海外赴任をよしとしない”内向き”志向が広がり、就職活動の早期化・長期化もあいまって消極的な学生が増えている。経団連が奨学金制度を創設するのは、このままでは世界で通用する人材が払底し、日本が国際競争に勝ち残れなくなるとの危機感があるからだという。

 奨学金創設と合わせ、大学と連携し、企業トップや実務者を大学に派遣してビジネスの”今”を講義する「出前授業」や、企業内でのインターンシップを単位に認定する新カリキュラムを試験的に導入したいとしている。

 まず、この奨学金の設置自体は素直に歓迎したいが、規模は30人と決して大きいとはいえない。二つ目は、「就活」の早期化・長期化は誰が主導しているかの素朴な疑問だ。車で例えれば、強烈にブレーキを踏みながら、同時にちょこっとアクセルを踏んでいるような妙な一貫性のなさを感じる。


 「就活」期間を協定で晩期化・短期化すれば、大学生がのびのびと修学できる環境を創れ、諸外国の一流大学がこぞって推奨する人材育成でもあるギャップイヤー制度で「インターン(就社に直結しない)・国内外留学・ボランティア」を学部内で実施できる。

三つ目は、”企業内でのインターンシップ”の単位認定で注視しなければならないのは、その後就社に直結してしまうと、結果的に「前倒しの企業研修」に単位を与えることになり、一種の産学癒着と映ってしまう。あくまで就労体験であることを厳守してもらいたい。
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by krisyoyogi | 2011-06-14 08:21

就職失敗で自殺する学生が46人存在(前年比倍増)する国とギャップイヤーの関係性を総括する   

 「2011年版自殺対策白書」が10日の閣議決定後、明らかになった。2010年も自殺者は3万人を超え、13年連続となっている。その中にあって、由々しき事態は、若い世代が増える傾向にあり、白書では、若者の雇用形態が不安定なことが背景にあると伝えている。人口10万人あたりの自殺者は20~24歳が1998年の16人から09年には22人まで増加、25歳~29歳も19人から25人まで増えて、50歳以上が減少傾向にあるのとは対照的だ。

 ライフリンクの清水康之さんは、湯浅誠さんとの対談の中で、「自殺は極めて個人的な問題であると同時に、社会構造的な問題。毎年コンスタントに一定のレンジで起きているということは、社会の中に3万数千個の『落とし穴』があり、そこを特定して、セーフティネットを張る必要がある。もっと死から学び、学んだことを社会づくりにいかしていかなければ」と説く。

 私は、若者の「息苦しさ」や閉塞感に、日本の“高等教育現場”の代表である大学のあり方や、長期化・早期化でガラパコス状態の不毛な「就活」も一因であると観ている。そのため、自由を選び取り、非日常をいつくしむ装置としてのギャップイヤーの効用も訴えてきた。ギャップイヤーは、思い通りにならない局面で、自分を見失うことなく辛さに耐えながら、ポジティブに乗り越えていくことができる”心の強さ”を醸成できることが立証されてきたからである。1998年という年は、この国で始めて、大卒が高卒の新卒就職者数を超えた年でもあったことを忘れてはならない。以下これまで綴ってきた関連する文を3点掲出する。

「就職失敗」が原因で、大学生が46人自殺という国(2011年 03月 03日)

 昨年の自殺者は3万1690人で13年連続の3万人超え。「就職失敗」が原因・動機の一つと判断された人が、前年より2割多い424人に上り、うち大学生は46人で前年の2倍という。今年が昨年の倍になったらと一瞬考えて、「ギクッ」とした。厳しい就職環境を反映したとみられるが、昨日書いた「就活疲労外来」がいよいよ現実的になってきた。生きる強い力の持ち方を現在の教育は教えていない。Jギャップ(日本版ギャップイヤー)が示す「インターン・ボランティア・国内外留学」の統合プログラムを大学教育現場に持ち込むことが今すぐでも必要だ。就活協定をたった3ヶ月から半年縮めればJギャップは利用でき、大学生の国際競争力向上と生き抜く力を取得もしくは大きなきっかけ作りに寄与できると信じる。

 今朝の朝日の「経済気象台」の「柴犬」氏が筆者に近いことを発言している。「日本の若い力を育もう」、いわく、「若者が意欲に欠ける。海外に出たがらない。しかし、彼らから目の輝きを奪ったのは我々自身だ。(中略)教育の中身を考え直すことが欠かせない。白紙で自分で考える能力、困難を乗り越える知恵と精神力を身につけさせたい。(中略)我々自身、もしもこういう教育を受けてポジティブ思考になっていれば、若者の意欲をここまで失わせることはなかったかもしれない。実際、いまの日本の教育では、国際舞台の他流試合に勝つことは難しい。残念ながら、教育は外国製に負けている」全く同感で、私達の主張は「大学生(高等教育の現場)に国際競争力の提供を!」である。

 柴犬氏は、後段でこう表現している。「日本の教育を見直し、創造力に富む、知的にたくましい若者」、ほんとうにそんな大学生を生み出したい。一番知的好奇心と向上心が芽生えるときに、こまねずみのような会社訪問とありきたりな企業研究、最近は学園にピンポイントでの会社説明会も多くなってきた。リクルーターも俳諧して、学内は騒がしい。いや、そういう来てくれる大学はいいほうで、恵まれている大学だとも外部からは言われる。確かに超就職氷河期の今はそうかもしれないと納得しそうになる。

だけど、根本的に何かが違う。それは学生を育てるのが高等教育の本分であり、何も一部上場に学生を送り込むことが目的ではないということだ。本末転倒とはこういうことを言うのであって、あくまで「結果」としてそうなったらいいだけの話だ。「御校の人材なら是非ほしい」と企業や官公庁にいわせるような学びの環境と教育を提供することに注力すればいいだけだ。何より、媚びない秋田国際教養大学の成功が物語っているのではないか?現在多くの大学キャリアセンターは定形なハウツーの域を出ない活動しか行っていない。学内に「インターン・ボランティア・国内外留学」の3軸の統合プログラム(日本版ギャップイヤー:Jギャップ)を本格導入すべきだ。それを産(採用企業)も認知し、官(文科省・経産省他)も認証や交付金等で後押しする。少しでも不毛な就活時間を短縮してJギャップを導入しないと、柴犬氏の理想とする青年像は日本のどの大学からも生まれてこないだろう。産官学・・・一体誰が責任とグランドデザインを持って、日本のリーダーになるべき高等教育の青年達の将来を考えているんだろう?「民」のひとりとして、残念でならない。

 「貧すれば鈍する」――これ以上の言葉が思い浮かばない。


既報「就職失敗自殺者」46名の内訳で、男子学生は40名だった(2011年 03月 27日

 昨年の「就職失敗」によるとされる大学生の自殺が倍増して46名になったゆゆしき事態は、このブログ(3月3日付)でも紹介したが、3月28日付P誌によると、内訳が40:6名と男子学生が多かったことが記述されていた。女子学生が少ないのは、「結婚に逃げる」選択肢があるからではという考察もあった。普通のまじめな学生がES(エントリーシート)を100件も出し、面接にこぎつけるのが数社で、その上で「お祈りメール」や封書が企業から届けば、落ち込むのはやむを得ないし、これが1年半も続き、それでも決まらず、大学は卒業し、特別研修生のような「記号」を与えられてどうなるのだろう?「心のケア」体制も必要になってきた。

 今回の3・11大震災による企業側が示す内定取り消し数が、16年前の阪神大震災時の500名規模と比べ、どのくらい深刻なのかも注視しなければならないが、一刻も早く「就活」の短期化・晩期化を実施し、大学学内で本来の「修学」環境をまず整えないと、高等教育人材育成の大変な障害が続き、日本国家にとって、大きな損失になる。先進国はこんなことをしていないので、少なくとも「人材の国際競争力」はますます落ちる。経済団体や企業は、今日明日を支える大学生の「人材」獲得が目的であり、その「人材」が育つ前に、それを邪魔するようなことはしたくないはずで、冷静に現在の有様を見てほしい。

「早く内定を出して、学生を楽に」という善意の企業もあるだろうし、また、就活の晩期化(いわゆる「後ろだおし」)にしても学生は救われないというマッチポンプで生業としている人材コンサルタント(聞こえはいいが、就活ハウツーを指南しているだけの輩が多い)もいるが、信に求めたい人材、社会に資する人材とは何かを考えてほしい。大学も、人材育成といっても「就活セミナー」といったハウツーの域を出ないところも多く、「学生の人材力養成」の視座から、親身になって主張すべきだ。

 今春大卒者3万3千人、求職者の1割弱が就職できない国(2011年 05月 24日)
 
 今春卒業した大学生の就職率は91.1%で、統計を取り始めた1997年以降で最低だった。文科省と厚労省が本日発表した。しかも、東日本大震災で被害の大きかった東北地方の大学は、調査対象に含まれておらず、実態はさらに低い可能性がある。

 前年より0.7ポイント悪化し、「就職氷河期」と呼ばれた2000年春と並んだ。 不況に加え、震災後に企業が新規採用を絞り込んだことも影響したと見られる。文科省の推計によると、今春の大学卒業生は約55万5千人。37万人が就職を希望したが、 うち3万3千人が就職できなかったと推計している。つまり、9%もの若者が職にあぶれてしまったことになる。

 卒業してそのままハローワークに通うということか。だから、「新卒」の肩書を選び、留年するいびつな学生も多く出現してきた。こんな具合だから、「就活」の早期化・長期化がまかり通る「負のスパイラル」に陥ってくる。JGAPが推奨するギャップイヤーのモデルは、縦糸の修学はきちんと押さえてもらい、横糸として就業・社会体験(インターン・ボランティア・国内外留学)を組み込み、社会人の完成形に近く若者を育成することである。日本の大学生の授業の準備にかける時間の短さは知られており、英国やカナダ、欧州、そして米国の名門大学がこぞって導入していることを日本風に各大学がアレンジすればよい。横糸の期間は、「就活」期間を半年でも1年でも短縮すれば、4年間の中で十分捻出できるとの主張である。 

 何より、先行きが見えない中、社会不安による自殺(昨年は前年比倍増の46名)や事件の増加を危惧してしまう。

 若者の修学や就業・社会体験の環境整備は、大人の社会、すなわち大学・企業・行政・市民の責任だと強く思う。
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by krisyoyogi | 2011-06-12 09:56