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本日、一般社団「日本ギャップイヤー推進機構協会」を設立!   

本日法人登記が完了し、一般社団「日本ギャップイヤー推進機構協会」(東京都渋谷区)が誕生しました(東京法務局登記完了)。日本初のギャップイヤーの研究調査・導入推進・啓発をする民間団体です。
 ギャップイヤーは英国生まれの慣習で、大学入学前後に約1年、「ボランティア・インターン・国内外留学」を目的をもって行うもので、その後中退率が減少したり有為な人材を輩出されることが、実証研究でも証明されはじめました。
 日本では導入がまだ数校で、「人材の国際競争力強化」の意味合いでも制度の導入は急ぐ必要があります。私達は、日本の大学(高校もありえる)においての「オプション標準装備」、つまり制度を受けようと思えば誰もに選択肢が与えられるまで、がんばろうと思います。なぜなら、人は立ち止まって考えたい、寄り道してものをじっくり考えたい、とにかくがむしゃらに体を動かしたい、人と違う生き方を見つけたい、自分は何のためにいきているのか人に尽くすことで答えを見つけたい、なんて考えるのは当たり前だからです。

 原則入学が決まっている人か既に入学している学生が対象なので、単に遊んでいるだけなら、後に何も残りませんから、目的持って過ごしているかどうかの規律や基準はあるべきです。それは、言葉にすれば、社会体験と就業体験で、ギャップにはそこに「国内外留学」の軸が入るのが特長です。自宅からではなく、いつもと違う外部環境におかなければ、吸収できるものも限られてしまいます。その議論がJギャップ基準とか認証という形になっていくのでしょう。

 私達は、「産官学」で決めていくプロセスに、学生や社会全般の「民」の風を吹き込み、よりすばらしい制度(学内、行政両方)や慣習を創る必要を訴えたいと考えます。皆さん、どうかご支援をお願いいたします。
 Jギャップは、いわば「青春の麦踏み」のようなもので、後に成長するための準備期間と考えます。
 尚、ウェブサイトの開設は、開催記念イベントも含め、3月中旬を予定しております。当面は、このブログをウオッチくださいね!
尚、3月中旬立ち上がり予定のドメインは、シンプルに http://japangap.jp/ です。

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by krisyoyogi | 2011-02-23 15:13

就職留年か卒業か  朝日新聞2月19日付朝刊   

 卒業まで就職先が決まらない場合、学生のまま就職活動を続けるために、わざと単位を落とす・・との記事。都内のK大では、昨春留年組に60-80名もいるという。極めてテクニカルな話であり、今更ながら大学の役割や意味って何かと考え込んでしまった。
 こんな就職難だから、対処療法としては理解できても、「貧すれば鈍する」で、どうも歯車が狂っているとしか思えない。意識ある学生なら、「わざと単位落とす」なんて、不本意に違いない。東工大でも修士1年の秋から就活している。下手したら1年半もの長きに渡り、会社をぐるぐる回るわけだ。誰あろう、春に入学果たしたその学生達です。
 会社を回ることで人間的に成長するっていったって、どう考えても研究すること、就学することの本分から考えて、本末転倒で、損失のほうが大きい。就活は長すぎる。ここは、日本に欠けているダイバーシティの考え方を取り入れ、ポジティブに、しかも生きていくときめきを若者に感じてもらえる方策なり、考え方はないものか?これからのニッポンを担う青年を社会で育てられないものか。
 私は、今週水曜日に、一つの解決策の提案を法人化を立ち上げることで訴えようと考えている。
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by krisyoyogi | 2011-02-21 01:33

東大教授 姜 尚中氏が語る人間の価値は「創造・体験そして態度」   

2月12日付朝日新聞朝刊(10P)によると、姜教授は大阪の定時制高校に行って、講義をしたそうだ。人間の価値は「創造・体験、そして態度」と説くが、一番重要なのは、死ぬ前に「周囲にどういう態度をとることができるか」と言う。私は前の二つに異論はないが、三つ目は「どういう姿勢ができるか」ということだと感じた。それはまた、「矜持」という言葉を想いださせた。
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by krisyoyogi | 2011-02-12 18:14

電通社長が初めて”非新聞広告系”に・・・・の意味   

 小さなニュースだが、世の中の流れを示すことがある。広告の電通の社長が、初めて「新聞広告」を経験しないで、その任に就く。1977年に新聞広告は、その王座をテレビに譲る。しかし、インターネット広告に後塵を拝して第三位になっても、”広告の王座”の電通のトップは朝日新聞を中心とする新聞広告経験者だった。この含意は、相当大きい。新聞広告に四半世紀携わって、メディアの力を感じていた私にとっては、世の中の一般的評価が変わったと感じ、一抹の寂しさを感じてしまった。学生時代(40年前)に、名画座で観た寺山修司の「書を捨てよ、街に出でよ」で、「俺は有名になって、新聞に載りたい」と叫んでいた青年をふと思い出した。
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by krisyoyogi | 2011-02-12 17:55